(17)五感と記憶
2019/01/30 00:00
トラン・アン・ユンというベトナム人の有名な映画監督がいます。彼の映画は色も美しいのですが、俳優たちが匂いや手触りを確認するような動作をするため、観客はその擬似体験で映画の記憶を濃くするのです。 この夏、我が家はモンゴルへ行きました。「草原」というたった二文字では表しきれない大自然のスケールで、空気は今まで嗅いだことのない清廉さ。樹木一つない山がどこまでも連なり、人の声だけが深く沈みました。 どんな旅でも終われば日常に記憶は飲み込まれていきますが、日本に居ても体の端でふいに五感が震えます。乗った馬の背の生温かい感触や美味しい食事とシェフの笑顔、利口な番犬の分厚い体毛…。 旅行中、ふと熱海の海が懐かしくなっ私に、モンゴル人ガイドのB氏はこう言いました。「この草原が海だと思えば寂しくないよ」と。ハハハと笑って生返事した私ですが、今は毎日窓から海を眺めては彼の言葉のありがたさを噛みしめています。 この海は、あの素晴らしいモンゴルの草原と同じ。心は毎日、海と草原を行き交うのです。 モンゴルの民族衣装、デールです。騎馬民族らしく、乗馬に最適の機能性! 毛糸だま 2014年冬 164号掲載
読み物TOPページへ戻る