(23)旅というもの
2019/01/30 00:00
夏は毎年、必ず家族で旅行に行きます。年々忙しくなる息子と自営業の私たち夫婦、予定を合わせてカレンダーとにらめっこするのが旅の最初の儀式です。一ヶ月前に日程が立てばかなり良好という不確定さなので、気軽な国内旅行を「おっ! 3日後なら大丈夫」と直前にポンと入れることもあります。 私にとっての旅は、車の後部座席でゴロリとすること。運転席と助手席で夫と息子が絶え間なく喋っているのを、ぼんやりと聞いています。8ミリカメラのリールテープが私の脳内で回り始め、実際には編集されることないロード・ムービーが録画されていきます。観光地や景勝地めぐりはもちろん良いけれど、車のフロントガラスに映るものだけを小さく楽しむことこそが、我が家にとっての至上の喜びかもしれません。 昨年は北海道の最北を選びました。夏があんなに寒いとは思わなかったし、日程の半分は雨だったし、うら寂しい水族館でみたアザラシの目が真っ黒で怖かった…などなど、カタカタと何度も頭の中の映画館で繰り返される上映会。その結果、ああ、すごくおもしろかった…となり、貪欲な目と開く口から出る言葉は、「さあ、来年はどこに行く?」 源氏物語「夕顔」に登場する女の童です。相手へ差し出す姿勢と視線に苦心しました 毛糸だま 2016年夏 170号掲載
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