小田原真喜子先生の カリグラフィーの矜持 第2回~カリグラフィーとの出合い~

 

 もう40年以上も前になります。
 日本での活動としてカリグラフィーの普及を開始した頃、良く尋ねられました。


 「カリグラフィーとは何?」「西洋書道を学ぶ意味って?」「どのように活用するの?」「どこで学ばれましたか?」などなど…
 質問は日常茶飯事でした。

 

 ”カリグラフィー”という新しい名称は、カリフラワーと間違えられるぐらい、辞書以外には知られていなかった時代です。
 

 現代においては外国語も普通に日常生活の中に浸透され、お店の名前もおしゃれなアルファベットと色使いで書かれ、西洋文化を取り入れることに何も違和感のない時代になってきています。食生活も良くなり多国籍の食材も交じり、子供たちは背も大きく顔もきれいに整った姿が男女性別を感じないファッションへつながってきているように見えます。英文字のカードも一般的となり、フリーハンドで書かれた気軽なカリグラフィー文字は、「ステキ!!」「かわいい!!」とより身近な言葉で表現されます。

 この数十年の日本の発展の歩みの中で過ごしてきた私には、この変化に驚き、それと共に、初めてニューヨークに渡った際にアメリカ合衆国の巨大さを肌で感じたときと同じ感覚がよみがえります。


 

 今ではおとぎ話のようですが、1970年代も終わりの頃(まだ日本のバブル期前)、ニューヨーク駐在に伴い海外でカリグラフィーを学ぶ機会を得られました。


 最初の出合いは初めて見る用具でした。先の平らなペン先やマーカーなど、特殊な形をした用具を使って書かれる文字の様に楽しさを感じ、魅かれていきました。
 カリグラフィーを習いたいという気持ちが高まり、異国で慣れない下手な英語の上達も兼ねて、住まいの近くのコミュニティーカレッジに入学しました。いい先生がいることも知りました。人種が入り混じったアメリカです。カレッジでは、主婦の方も働いている方も年齢も人種も差別はなく、自由に学ぶ機会が与えられます。学びたいときにいつでも学べる、貧富の差はあっても個々の考え方を尊重し、そこには人を蔑むことのない社会が存在し、カリグラフィーを学ぶ以外にも多くのことを体感し得ることができました。


 それでは、恥ずかしいですが当時の画像紹介させていただきます。


私が書いた作品何点かを展示した時の様子です。 日本人との交流も大切に、テニス、ゴルフとアウトドア競技にも参加していましたので、私は太陽をいっぱい浴びて真っ黒な姿。

 

カレッジの優秀な先生Ursula Suess氏が書かれた唯一の書体作品コピーと先生から頂いたメッセージの入った自筆の大きなカードです。思い出の作品です。多くの書体を学ぶことができました。



書体ごとの1枚のテキスト、添削の際に先生が書かれた文字の切り貼りの一部。
カッパープレート体を指導できる先生は貴重でしたので、用紙も朽ちておりますが大切な資料でした。帰国後指導する立場になり、習得した書体を参考にさせていただく許可を取り、新たに整えて、テキストや著書…と今に至ります。


これまで積み重ねてきたキャリアを礎としながら、たゆむことなく新たなカリグラフィースタイルにも取り組み、これからも創作活動を継続できたらと考えております。

小田原真喜子

*トップ画像/通信講座「カリグラフィープレコース」発売を記念して制作しましたオリジナルデザインのペンケースです。公益財団法人日本手芸普及協会にて販売。お求めは当協会カリグラフィー担当まで。
※問合せ 03-5342-3670 ( 9:00~17:00/土日祝日休み)

投稿者名:カリグラファー 小田原真喜子