服部まゆみさん

服部まゆみさん 徳島県出身、千葉県在住。1972年結婚と同時に自己流でパッチワークを始める。1977年、原宿パッチワークスクールで鷲沢玲子氏と出会う。「服部まゆみと仲間達」を主宰。1987年「キルトおぶはーと」インストラクター養成コース修了。同年から2003年まで二年に一度「服部まゆみと仲間達展」を開催。同年から2004年まで「キルトおぶはーと」の「キルトフェスタ」に毎回新作を出品。1991年『パッチワークのテクニック』(鎌倉書房刊)ドロシア・ホール著を夫と共訳出版。1992年「日本のキルト作家180人」に出品。1994年津田沼クレストホテルで個展。1998年徳島県小松島市地蔵寺で個展。同年国際キルト博98 inJPANA「日本のキルトアーティスト123人展」に出品。1999年『鷲沢玲子と服部まゆみのシンプルキルト』(婦人生活社刊)出版、2004年4月中旬主婦と生活者より再出版。2001年NHK「おしゃれ工房」出演。2002~2004年NHK東京国際キルトフェスティバル出品。

17歳年の離れた長姉は、町のお寺に嫁いでいたが、服部さんはそこに下宿して高校に通った。わずか15歳で親元を離れたわけだが、姉が実質的な母親代わりだった。小さい頃からよそ行きの洋服などは、みんな長姉と次姉の二人が縫ってくれたという。当時の写真を見ると、驚くほどモダンでお洒落なワンピース姿の少女が写っているが、本人は鮮やかなひらひらしたナイロンの既製服を着た友だちが、羨ましかったそうだ。母も、布団や着物は自分で縫った。当時は針仕事が好き嫌いにかかわらず、主婦が縫うのは当たり前という時代だった。 服部さんが手芸の楽しさに目覚めたのは、短大時代である。手芸というのは自分のアイディアと工夫で楽しむものと思っていたので、もっぱら自分流の刺しゅうなどをしていたという。この頃であった『私の部屋』という雑誌に感激し、多大な影響を受けた。何度も見返して表紙のなくなった1971年創刊2号から、大事に取ってある。 「田舎育ちだったので、都会的な洒落たセンスの雑誌に人一倍憧れたのでしょうね。とにかく、毎号わくわくして読んでいましたよ。『服装』『私の部屋』『生活の絵本』は、私のキルト作りの原点ですね」 姉の嫁ぎ先のお寺は男ばかり三人息子で、姉は長兄と結婚、服部さんは三男と結婚し、東京で就職していた夫と千葉に住むことになった。結婚当初から雑誌を見ては、クッションやスカート、こたつ掛けなどをパッチワークで作ったが、使い切って処分したものが多く、ほとんど手元に残っていない。 子供が幼稚園に入るのを待って、雑誌で知った原宿パッチワークキルトスクールへ通い始めた。そこで基礎から習ったことが、後のキルト人生の出発点になった。何より講師だった鷲沢玲子さんとの出会いは、貴重なものとなった。 ―本文より一部抜粋― キルトジャパン2004年5月号より
  • はじめてのパッチワーク1973年頃制作 220×180cm
    着古したお子さんの洋服や自分のブラウスをほどいて作ったという、四角つなぎのパッチワーク。30年前以上に流行したチェックや水玉、花柄などが、ふと懐かしさを誘う。間仕切りや押し入れの敷物などに使い、数えきれないほどの洗濯をしたそうだ。
  • 娘のベッドカバー 210×170cm
    友人からもらったローラアシュレイの正方形の布をつなぎ合わせ、優しい色合いでまとめたベッドカバーは、娘さんが長年愛用した。このキルトは手づくりの原点ともいえるシンプルなデザインである。
  • 犬も猫も、家族のみんなが使い込んだクッションたち。ほのぼのとした温かさが伝わってくる。
  • 玄関のドアを開けると、季節に合わせてディスプレイされたキルトがお出迎え。実は足踏みミシンの上に飾られている。教室に通ってくる生徒たちにも大好評だ。

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