宮崎順子さん

宮崎順子さん 福岡県生まれ。短大卒業後、洋裁学院に在学中に自己流でパッチワークを始める。その後三池パッチワーク教室に3年半通い、基礎を学ぶ。1998年より、パッチワークショップ「リメンバーキルト」を経営。年に4,5回は仕入れと休養を兼ねた海外旅行に出かける。自然発生的に乞われるまま教え始めた教室は、現在ショップのほか文化センター高取、別府にある。

宮崎さんのパッチワークショップ「リメンバーキルト」は、三千反を越える布、リボン、レース、ボタン、フリンジなど、輸入物、国産物のあらゆる手芸材料があふれ、質量ともに圧倒されるほど。布は花柄が多く、その6,7割が自身も大好きで人気もあるバラ模様。といってもけっして甘い派手さは感じられない。どちらかと言うと、シックで落ち着いたエレガントさの漂う店内は、まるでイギリスの手芸店にいるようだ。それはまさに宮崎さんの作りたかったお店の雰囲気であり、自身で見つけてきたアンティーク小物のひとつひとつにも、自分のセンスや美意識を反映させている。宮崎さんにとっては単なるお店ではなく、自分のすべてを注ぎ込んだ繭のような世界なのだ。 パッチワークというものが目に止まったきっかけは、アメリカのインテリア雑誌が最初だった。単純な四角つなぎの素朴な色合いのベットカバーになぜか惹かれ、その後もパッチワークが載っている雑誌を探し求めた。そんな頃、福岡市内でアンティークキルト展が開かれるという情報を雑誌で知り、飛びつくように見に行った。初めて目の当たりにするアンティークキルト素晴らしさは、言葉にできないほどだった。文字通り心を奪われ、二週間の開催期間中、10日間も通ったと言うから、興奮のほどがうかがえる。 「私の人生はいつも計画とか目標とかがなくて、自然の流れに乗ってきたわけなのですが、教室もそう。集まりに呼ばれて、楽しいからまた次ね、といって始まりました。全体で130人くらいの生徒がいますが、このショップで教えているのは3,4人のクラスだけ。ここでは、人がやめたら補充するつもりはないんです」人数は多いが、教えるのは月に6日だけ。あとはお店に立つか作品を作る時間に当てる。とにかくその二つが大事なので、これ以上ほかのことに時間を回したくないというのが、本音だ。お店で自分の好きなものに囲まれ、仕入れた品物をどうディスプレイするか、どんな値札をつけようかと考えながら、うろうろしているのが何より好きだと言う。 ─本文より一部抜粋─ キルトジャパン2003年3月号より
  • 『サンプラーキルト』1976年制作 195×120cm
    パッチワークの本がまだあまりなかった頃、洋裁学校に通っていた昼休みに、友達から古着や洋裁の裁ちクズをもらって縫ったというファーストキルト。モンキーレンチ、レモンスター、ログキャビンなどの伝統的なパターンを規則的に並べた、素朴で温かみが感じられるキルトだ。
  • 『アイ・ラブ・ヴィクトリアン』2001年制作 208×170cm
    イギリス旅行の時に買い求めたレース、ボタン、リボンなどのお気に入りのアンティークをふんだんに使い、別珍と組み合わせて上品に仕上げたヴィクトリアン・キルト。大好きなイギリスの思い出がたくさん詰まっている。(2002年東京国際キルトフェスティバル出品)
  • 『ボタニカル・ガーデンの夢』2002年制作 180×138cm
    ヨーロッパが盛んに植民地活動をした15~17世紀前半の大航海時代の英国式庭園をイメージして作ったキルト。色とりどりの花や植物、庭園の風景に描かれた人物などの布柄は、その時代の様子を彷彿とさせる。落ち着いた赤で囲み、周りはフリンジでゴージャスな雰囲気を表現している。(2003年東京国際キルトフェスティバル出品)
  • スタッフの皆さんと一緒に、メジャーの入った特注のカウンターの前で。
    写真右から、藤田悦子さん、堀切美沙さん、宮崎順子さん、坂田由美子さん。

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