
かぎ針がくれた、静かなよろこび
かぎ針をはじめて手にした日から、蘭子さんは「編む」という行為にすっかり魅せられていました。
寝る前のひととき、部屋の灯りを少し落として、静かにかぎ針を動かすのがすっかり習慣になったそうです。
「もう一段だけ、もう一段だけ」とつぶやきながら、気づけば時間を忘れてしまう。「編み物って、リラックス効果があるの。でもね、中毒性もあるかも」と笑う彼女の姿がとても印象的でした。
蘭子さんは、編み目を数えません。
数を追うよりも、糸の流れと針の感覚に身をゆだねるのが彼女のやり方です。きっちり数えることよりも、自分の手のリズムを信じること。
そうして思いのままに編み進めたマフラーが完成したあと、彼女は次の挑戦として新しい針を手に取りました。

棒針で見つけた、ゆっくり進む豊かさ
「次は棒針をやってみようかなと思って」
机の上に広がっていたのは、日本ヴォーグ社の『いちばんよくわかる 新・棒針あみの基礎』です。
「イラストが大きくて見やすいの。これなら私にもできそうって思えるんです」と、ページをめくりながら目を細めます。
棒針編みには、表編みと裏編みという二つの基本があります。
それらを交互に編むことで、よく目にする“メリヤス編み”になります。もっとも一般的な編み地であり、そこから習得を始める人も多いそうです。

蘭子さんは、まず表編みだけを覚えることにしました。
「裏編みはちょっと難しそうだから、まずはできるところから。私がそうしているだけで、もちろん他の考えがあってもいいと思います」と、いつもの穏やかな口調で話してくれます。
覚えたての棒針の進みは、決して早くありません。
けれど、その“ゆっくりさ”こそが、編み物の魅力なのだと彼女は言います。
針先の動きに合わせて呼吸が整い、気持ちが少しずつほどけていく。一日の終わり、デジタルの光を閉じたあとに迎える静かな手の時間が、忙しい日々の中で、自分の輪郭をやさしく取り戻させてくれるのだそうです。
「完璧じゃなくてもいいんです。手を動かしていると、それだけで落ち着くんですよ」
針が糸をすくうたびに、ほとんど音も立てず、小さな編み地が手の中で育っていきます。 その動きは、まるで呼吸のように自然で見ているこちらまで穏やかな気持ちになります。
「難しいことにしがみついてやらなくなるより、できることを積み重ねたいんです」
そう言いながら、彼女の手は止まりません。

今日も変わらず、表編みをひと目ずつ編み続けています。その姿は、まるで日々を静かに耕すよう。焦らず、比べず、自分のペースで針を動かし続けることが、蘭子さんにとっての“暮らしのリズム”なのです。
かぎ針で編んだマフラーとはまた違う手触り、違うリズム。 けれど、どちらにも共通しているのは、手を動かす喜びと、暮らしの時間を大切に紡ぐ姿勢です。
ひと目ずつ積み重ねるたび、彼女の中に静かな満足感が満ちていく。今日もまた、新しい編み地が手の中でゆっくりと生まれていきます。

【第2,4水曜更新予定】

津田蘭子さん
熊本市出身
2001年からフリーのイラストレーターとして、雑誌・書籍・Web・広告などのイラストを数多く手掛ける。2012年~2021年までネコブロガーとしての活動もしていた。また、年間100着以上の服を作り、ワードローブは100%手作り服。その他、小物や靴、メガネなど、アウトフィット全般を自作している。
作品は、SNSなどで紹介。YouTubeでは作り方なども配信している。
著書
- 「今日もネコをいただきます。」(ワニブックス)
- 「家庭科3だった私がワードローブ100%手作り服になりました。」(ワニブックス)
- 「家庭科3だった私がバッグも帽子も小物も100%自分サイズで手作りしました。」(ワニブックス)
- 「その服捨てるのちょっと待った!リメイクしたらオンリーワンができました。」(JTBパブリッシング)
- 「家庭科3だった私が365日手作り服で暮らしています。」(ワニブックス)
- 「そうだワンピースを作っちゃおう!」(永岡書店)
- 「家庭科3だった私が家でも外でも100%手作り服でコーディネイトしています。」(ワニブックス)
- 「ハンドメイド作品を売る方法をいろいろな人に聞いてきました。」(主婦と生活社)
- 「ソーイングはなんて楽しい!自分サイズのやさしい服作りガイド」(文化出版局)
- 「津田蘭子のミシンの困った!解決BOOK」(主婦と生活社)
あみものできた!









