去年あたりから編物ブームに火が付き、しばらく元気のなかった手芸業界が活気を取り戻していることは、まことにうれしい限りである。
同時に、社会での受け止めがここまで広がったのかと驚いた出来事があった。大学出版界が発行する月刊誌「三田評論」より編物をテーマにした座談会の依頼が来たのである。同誌は、今話題のテーマを各回の専門家が論じるアカデミックな雑誌で、手芸分野が取り上げられるとは想像していなかった。

この依頼を受け、昭和の時代にヒットした当社の出版物の数々を懐かしく思い出した。ここでは、その一部をご紹介したい。昭和50年代~60年代(1975年~)の頃のことである。
その1,西村玲子のセーターブック 昭和58年~
人気イラストレーターの西村玲子さんがイメージする素敵なニットの世界をまずイラストに落とし、それに合わせてセーターを編んでもらった斬新な企画で僅か10点のデザイン掲載ながら使用した糸が12月を前に品切れになるほどの人気になった。この人気でシリーズ9冊が出版された。


その2,人気男性タレントのニットBOOK 昭和61年~
タレント人気にあやかっての出版でニットファン以外にも編物の良さをとの意図で企画された。(当時の私は正直、違和感を覚えたが…)効果はかなりのもので10点ほど出された記憶がある。当然他社も指をくわえておらず、一時は写真集替わりと揶揄されることも少なくなかったが、ニットの作品集に人気タレントが喜んで出てくれていたことに隔世の感がある。
(人気男性タレントのニットBOOKは肖像権の問題が発生する恐れがあり、とても残念ですが写真の掲載は見送りました)
その3,カウチンセーターの本 昭和55年
高度成長期の中でヨーロッパ各地の伝統のニットやフォークロア調のデザインに人々は安らぎに似たものを感じたのだろう。
その流れを受けカナダのカウチン族というネイティブ・アメリカンが作るセーターの企画が持ち上がった。作品集だけでなく超極太のカウチン用毛糸も輸入し「本を購入してくださった皆様に本場のセーターを編んでもらおう」となり、まだ27歳の私は編集長とバンクーバーに飛んだ。
到着当日に毛糸の商談、翌日には水上飛行機でビクトリア島にカウチン族を訪ねて、コミュニティの長や編み手さんたちに取材を行った。お礼に持参した小さな電卓に感激されたのは良き時代。本のほうはカウチン族の方々の話や生活についての取材記事もありで臨場感が伝わり、本場の毛糸キットの方も累計2万セットの販売を記録した。
続いて「ロピーセーター」の本と毛糸セットもカウチンほどではないがヒットになり、三匹目のドジョウを狙い、ドーバー海峡にあるチャネル諸島の「ガーンジーセーター」の取材も行い刊行したが、マニアックなせいか三匹目はさほどであった。しかし、「伝統のニット」という切り口で日本人がほとんど行ったことが無い地に訪問できたことは、若き日の良い思い出である。

番外、イヴ・サンローランの毛糸で編む本 昭和57年~4シリーズ
市場が育ってくるとメーカーは更なる差異を出すために様々な切り口で商品開発を行う。毛糸マーケットも同様で様々な素材の糸が出回ったが、唯一ブランド化したK社の毛糸がこれである。当時は7,8社の毛糸メーカーが競っておりK社は後半のグループに位置していた。
失礼ながら、このイヴ・サンローランの作品集については苦戦を予想した。なぜなら「素材」をブランド化してもセーターになった時に他の糸との差異を出すのが極めて難しいと思われたかたらだ。まさかセーターにブランドネームリボンを付け「サンローランです」もできない。
掲載作品自体は、サンローランの監修もおそらくあったに違いないほど素敵なものばかりであったがニッチ商品は3年ほどで終わりを告げた。

絶版になった編み物本で復刻できる本もあります。ぜひご覧ください。
皆さまからのご意見、ご要望もお待ちしております。
社長エッセイ ―手芸 この素晴らしき世界―












